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大分地方裁判所 昭和56年(行ウ)4号 判決

大分市大字海原字地浜三四番地

原告

大栄建設株式会社

右代表者代表取締役

小野英治

右訴訟代理人弁護士

岩崎哲朗

川口憲彰

大分市中島西一丁目一番三二号

被告

大分税務署長 渡部喜代美

右指定代理人

辻井治

山下碩樹

水野隆昭

右指定代理人

財津武生

渡辺広良

中島直

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

原告の昭和五三年四月一日から同五四年三月三一日の事業年度の法人所得について被告の行なった昭和五五年六月一八日付更正処分の内、所得金額一、三六〇万七、〇七五円を超える部分及び過少申告加算税賦課処分を取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

主文と同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は建設業を営む青色申告法人であるが、昭和五三年四月一日から同五四年三月三一日までの事業年度(以下「本件事業年度」という)の法人税の確定申告につき、昭和五四年五月三一日に所得金額を一、三六〇万七、〇七五円、納付税額を四五九万七、七〇〇円とする確定申告を行なったところ、被告は、昭和五五年六月一八日付で、所得金額を二、二五七万三、二三〇円、税額を八一八万四、一〇〇円とする更正処分及び過少申告加算税額を一七万九、三〇〇円とする賦課決定処分(以下両処分を併せて「本件処分」という)をした。

被告はその後昭和五五年一〇月二一日付で所得金額を二、二三五万八、八五五円、税額を八〇九万八、一〇〇円とする減額の再更正処分及び過少申告税額を一七万五、〇〇〇円と変更する決定処分をした。

2  原告は昭和五五年八月一二日に熊本国税不服審判所長に対し、本件処分に対する審査請求をしたところ、同所長は昭和五六年三月一〇日、右処分のうち、減価償却費三二九万一、七八〇円については取消し、役員給与の一部五四六万については審査請求を棄却する裁決を行なった。

この結果、本件処分のうち、所得金額一、九〇六万七、〇七五円、税額六七八円一、七〇〇円、過少申告加算税一〇万九、二〇〇円とする部分が維持された。

3  本件処分(前記減額再更正処分及び国税不服審判所長の審決により取消された部分を除く、以下同じ)は、原告が代表取締役小野英治に対して支給した報酬のうち五四六万円を役員賞与と認定して損金算入を否認したものであるが、右部分は次のとおり違法であるから取消されるべきものである。

(一) 原告は、昭和五三年の定時株主総会において本件事業年度の小野役員報酬を一、〇〇〇万円以内と定め、これに基づき小野の報酬額は月額八〇万円、年額九六〇万円と定められた。

しかし、原告のような中小企業の場合、資金繰りの都合上、毎月決められた通りの報酬を支払うことは困難なこともあるので、とりあえず最小限必要な額を支払うこととし、昭和五三年四月から同年一二月までは月額三三万円、昭和五四年一月から同年三月までは月額三九万円をそれぞれ支給した。そして、支払うべき報酬年額九六〇万円と実際支給額四一四万円の差額五四六万円を年度末に未払金として計上したものである。

(二) 法人税法(以下「法」という)三四条二項は、報酬とは役員に対する給与のうち、賞与及び退職金以外のものをいうとし、法三五条四項は、賞与とは臨時的な給与のうち退職金給与等以外のものをいうとしている。そこで、右各規定を総合すると、税法上役員報酬と役員賞与との本質的な差異は「臨時的な給与」か否かにあると一応は言える。

しかし、臨時的な給与が賞与とされていることから、直ちに、その反対解釈として定期かつ定額の給与のみが報酬であるということはできない。そもそも時的範囲としての定期性と量的範囲の定額性とは異質のものであり、総額が決定されている場合において定期に分割して支払いがなされてはじめて定額ということになるのである。したがって、定期かつ定額という概念を持ち出すとしても、その前提としてあらかじめ総額が定められているかどうかということがまさに問題なのである。

報酬の総額があらかじめ定められているとは、事業年度開始前に当該事業年度における会社の事業の遂行を役員に委任するための対価の額を前もって確定しておくことを意味する。あらかじめ定められているからこそ報酬性が生じるのであり、商法にいう業務執行の対価にあたるものとして、実質面においても是認できる。

結局、役員報酬と賞与とを区別する基準としては、臨時的な給与かどうかという税法上の形式的な基準のほかに、あらかじめ役員の業務執行の対価として定めてあるかどうかという報酬性、対価性という実質的基準が必要である。

本件においては、原告は小野に支給する報酬の額をあらかじめ九六〇万円と定めており、資金繰りの都合上随時相当額を支払っていたものであるから、右実質的基準にてらし報酬と解すべきである。仮に右報酬額が過大であるというのならば、法三四条によって否認すれば足りるのである。

(三) 原告は、昭和四九年四月一日から同五一年三月三一日までの二期分について被告の税務調査を受けたが、その際、調査担当者から定時株主総会の議決事項として役員報酬が議事録に記載されれば、その範囲内でいつ支給してもよいとの指導を受けた。原告はその言を信じ、役員報酬の年額を定めればその範囲内での給与支払分には課税されないと考えて本件のような処理をしたものである。したがって、被告の指導に従った結果に対して、被告自らが違法性を主張して本件更正処分を行なうことは禁反言の法理により許されないものというべきである。

4  よって、原告は、本件更正処分のうち、原告の申告額を超えて所得金額を認定した部分及びこれに対応する過少申告加算税賦課決定処分の取消を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1、2の事実は認める。

同3冒頭の事実のうち、被告が原告の小野に対する役員報酬のうち五四六万円を役員賞与と認定して損金算入を否認し、本件処分を行なったことは認め、違法の主張は争う。

同3(一)のうち、原告が小野に対し、昭和五四年一月から三月まで月額三九万円をそれぞれ報酬として支払い、本件事業年度末に五四六万円を小野に対する未払金として計上したことは認め、その余の事実は争う。

同3(二)の主張は争う。

同3(三)のうち、被告が原告の税務調査を行なった事実は認めるが、その余の事実は否認する。禁反言の主張は争う。

2  原告が代表取締役小野英治に対する役員報酬として計上したもののうち、本件事業年度末に未払金として計上した五四六万円は役員賞与に該当し、法三五条により、所得金額の計算上、損金の額に算入されないものである。したがって、原告の本件事業年度における所得金額は原告の申告所得金額一、三六〇万七、〇七五円に右五四六万円を加算した一、九〇六万七、〇七五円であるとして被告のなした本件処分に違法はない。

(一) 法三四条二項は、法人が役員に対して支給する報酬とは、役員に対する給与のうち、法三五条四項所定の賞与及び退職給与以外のものをいうと規定し、法三五条四項は、賞与とは、役員又は使用人に対する臨時的な給与のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいうと規定している。したがって、法人税法上、報酬に該当するためには、まず賞与及び退職給与に該当しないことが必要である。そして、臨時的な給与に該当する場合は、原則として、賞与として取扱われるのであるから、法三五条四項に定める除外事項に該当しないかぎり報酬として取扱われる余地は全く存しない。

(二) 臨時的な給与に当るかどうかは、単に当該給与の支給時期又は支給額が予め定められているか否かによって一律に決せられるものではなく、その支給時期、支給回数及び趣旨等年間の給与支給状況、その他全体との関連において考察し、これによって当該給与が経常性のない一時的なものと認められるときは右にいう「臨時的な給与」に当るものとされている。

したがって、税務執行上の取扱いにおいても、これらの給与につき、あらかじめ定められた支給基準に基づいて月以下の単位をもって規則的に反覆又は継続して支給される給与を定期の給与と認識し、特定の月だけ増額された場合における増額された部分は「臨時的な給与」とすることとしている(法人税法基本通達九ー二ー一三)。

(三) そこで、本件についてみると、原告は昭和五三年六月二五日株主総会において小野英治及び萩野豊和に対する役員報酬総額をそれぞれ一、〇〇〇万円以内と定める旨の決議をしている。そして、昭和五三年四月から一二月までは毎月三三万円、昭和五四年一月から三月までは毎月三九万円の定額の給与を支給していたが、本件事業年度末にいたり、突如として期首に遡って報酬月額を八〇万円に増額改訂した形式をとり、増額改訂による差額五四六万円を未払金として一括損金に計上した。しかし、他の役員については増額改訂は行なわれなかった。

このような支給形態を一般的な給与の慣行に照らし、かつ、その支給時期及び支給形態・支給回数からみた場合、右五四六万円は経常性を有する「定期の給与」とは到底認め難く、前記の「臨時的な給与」に該当するものであることは明らかである。

(四) 原告は、本件事業年度において、前年度に比べて多額の収益が見込まれていたところ、年度末に従業員に対して前年度までは支給されていなかった特別賞与二五〇万円を支給するとともに、小野の役員報酬について前記の増額改訂を行なった。しかし、翌年度からは、従来に戻って三九万円を定額支給している。以上の点からみると、原告が申告利益の調整を図る目的で役員報酬の増額を行なったものであることは明らかであるから、この点からも増額分五四六万円は役員賞与に該当するものである。

3  禁反言の主張について

被告は役員報酬と役員賞与の区分基準等について、法三四条、三五条の説明を行なったものであり、本件事案のような具体的事案に則して説明したものではない。

およそ禁反言の法理は専ら当事者が任意に処分又は放棄しうる権利もしくは利益に関する行為のみについて適用されるものであり、また、その適用対象とされる表示は具体的事実であることを要し、単なる意見もしくは意向の表示はこれに当らないし、さらに、禁反言の法理の適用を認めるとかえって違法な結果を生ずるような場合には、適用は否定される。

租税債務は、税務官庁と納税者が任意に処分又は放棄しうる性質のものではないし、原告の主張する指導は、主観的抽象的事実を前提とした単なる意見もしくは意向にすぎないので、禁反言の法理を適用する余地はない。また、課税処分においては、特に租税負担の公平が強く要請されているので、仮に本件処分が取消されれば、原告は不当に課税を免れるという違法な結果となり、そもそも禁反言の法理が正義の観念から生ずるものであることに照らしてもその適用の許されないことは明らかである。

第三  証拠

一  原告

1  甲第一ないし第一八号証、第一九ないし第二一号証の各一ないし五

2  証人新名太郎、同萩野豊和、原告代表者(第一、二回)

3  乙号各証の成立を認める。

二  被告

1  乙第一ないし第九号証

2  甲第一八号証の成立は知らない。その余の甲号各証の成立を認める。

理由

一  請求原因1、2の事実は当事者間に争いがない。

二  原告が本件事業年度において、代表取締役小野英治に対して役員報酬として昭和五三年四月から一二月までは月額三三万円、昭和五四年一月から三月までは月額三九万円をそれぞれ支給していたところ、事業年度末の昭和五四年三月三一日に右小野に対する役員報酬の未払分として五四六万円を計上したこと、被告が右五四六万円は役員賞与に該当するとしてその損金算入を否認し、本件処分を行なったことは当事者間に争いがない。

そこで、右五四六万円(以下「本件係争部分」という)が役員賞与に該当するものであるか否かにつき、以下検討する。

1  前記争いのない事実並びに成立に争いのない甲第一ないし第一三号証、乙第一号証、原告代表者尋問の結果(第一回)により真正に成立したと認められる甲第一八号証、証人萩野豊和の証言及び原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、小野の役員報酬の決定及び支給に関して次の事実が認められる。

(一)  原告は、その定款において、取締役の報酬は株主総会の決議によって定めるとしていたが、昭和五〇・五一年度は、株主総会の決議を経ずに創立総会で定められた限度額内において、代表取締役小野に報酬を支給していた。

(二)  昭和五二年度は、同年六月二五日の定時株主総会において小野に対する報酬額を四〇〇万円以内と定め、同人に対し同年四月に二六万四、〇〇〇円、五月から一二月まで毎月二七万七、二〇〇円、昭和五三年一月から三月まで毎月三三万円の合計三四七万一、六〇〇円を支給した。

(三)  本件事業年度は、昭和五三年六月二五日の定時株主総会において小野の報酬額を一、〇〇〇万円以内と定め、同人に対し同年四月から一二月まで毎月三三万円、昭和五四年一月から三月まで毎月三九万円の合計四一四万円を現実に支給した。そして、事業年度末の同年三月三一日に至り小野に対する報酬九六〇万円の内の未払分として五四六万円を計上したうえ、同年六月三〇日に二〇〇万円、七月三一日に二〇九万五、〇〇〇円、一一月二日に一三六万五、〇〇〇円を支払った。

(四)  昭和五四年四月から同年五月までの事業年度については取締役会の議決はなく、原告は毎月三九万円を小野に支給し、五月三一日に未払分として一〇二万円を計上し、これを同年一一月二日に支払った。

(五)  昭和五四年六月から同五五年五月までの事業年度については、昭和五四年七月二五日の定時株主総会で小野の報酬額を一、五〇〇万円以内と定め、同年六月から九月まで毎月三九万円、同年一〇月から昭和五五年五月まで毎月八〇万円を支給し、また、昭和五四年一一月三〇日には、六月分から九月分までの未払分として一六四万円を支払った。

2  法人税法上、役員に対する報酬は、不相当に高額でない限り原則として法人所得の計算上損金に算入処理することができる(三四条一項)のに対し、役員賞与は損金に算入されない(三五条一項)。そして、両者の区分につき、法は、役員報酬とは、役員に対する給与のうち賞与及び退職給与以外のものをいい(三四条二項)、役員賞与とは役員に対する臨時的な給与のうち、他に定期の給与を受けていない者に対し継続して毎年所定の時期に定額を支給する旨の定めに基づいて支給されるもの及び退職給与以外のものをいう(三五条四項)と規定している。右規定によれば、臨時的な給与だけがその例外として報酬になるとされているのであり、このような法の規定の仕方からすれば、定期の給与を受けている者に対する臨時的な給与は、たとえ支給の時期及び額があらかじめ定められていても、賞与に該当し、報酬と解する余地はないものというべきである。

そして、右の臨時的な給与とは、その支給の時期、回数、金額、趣旨等を総合的に考察して、経常性のない一時的な給与と認められるものをいうと解すべきである。本件においては、前記認定のような小野に対する給与の支給状況、本件係争部分の支給の時期、回数、金額に徴すると、本件係争部分は経常性を有するものとは到底いえず、定期の給与を受けている役員に対する臨時的な給与に該当するものというべきである。原告代表者尋問の結果(第二回)中には、小野の報酬は月額八〇万円とあらかじめ定められており、資金繰りの都合上、必要最小限の額を毎月支給し、残額を事業年度末に支給することにしたとの供述部分が存するが,役員報酬の決定の時期、方法に関する原告代表者の供述はたびたび変化しているため、右供述部分も容易に措信し難く、他に前記認定を左右するに足る証拠はない。

したがって、本件係争部分五四六万円は、他に定期の給与を受けている小野に対する臨時的な給与であり、賞与に該当すると解するのが相当である。

3  原告は、役員に対する給与が報酬か賞与かを判断する基準としては、臨時的な給与か否かという形式的な基準のほかに、役員の業務執行の対価としてあらかじめ定められていたかどうかという実質的基準が必要であり、本件においては、小野に対する報酬額はあらかじめ九六〇万円と定められていたから、右実質的基準にてらし、本件係争分は報酬に該当する旨主張する。

一般に、役員報酬は役員の通常の業務執行の対価であって、事業経営上の経費から支出されるのに対し、役員賞与は利益獲得の功労に対する報賞であって、利益金の中から与えられるものであるとされる。このような役員報酬と役員賞与とは性質を異にするものであり、それ故、法人所得の計算上も前記の通りその取扱いを異にしているのであるが、現実に役員に支給される給与が業務執行の対価であるか否かを判別することは必ずしも容易ではなく、また、利益処分として支給すべきものを安易に報酬化することによって課税を免れる場合も考えられる。そこで、法は前記の通り、専ら「臨時的な給与」か否かという給与の支給形態を基準として報酬と賞与とを区別しているのである。したがって支給形態が臨時的である給与については、原告主張のように業務執行の対価性の観点からあらためて報酬性の有無を論ずる余地はないというべきである。したがって、原告の右主張は採用できない。

4  原告は、役員報酬の支給につき本件のような方法をとったのは、請求原因3の(三)記載のような被告の指導に従ったものであるから、被告が右指導の内容と反する主張をすることは、禁反言の法理に反し許されない旨主張する。しかしながら、前掲乙第一号証及び原告代表者尋問の結果(第一回)によれば、昭和五一年の法人税調査の際、大分税務署員が原告に対して役員報酬の増額等は株主総会の決議によらなければならない旨指導し、役員報酬に関する法の規定について説明したことはあるものの、それは給与の支給方法等について、具体的な事案に即して当該給与が報酬か賞与かの判断を示したものではないことが認められる。右事実関係のもとではそもそも禁反言の法理の適用の余地はなく、ほかに原告主張の事実を認めるに足りる的確な証拠はないから、原告の前記主張は、その余の点につき判断するまでもなく失当というべきである。

三  以上によれば、本件更正処分及び過少申告加算税賦課決定処分には原告主張の違法はなく、原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民訴法八九条を適用して、主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 野村利夫 裁判官 永田誠一 裁判官 山下郁夫)

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